まあそんな言葉は省みられないのが現代中国だろうが、いずれにしても無錫の中心的な繁華街にあるだけにいずれは再開発される運命にあったのだろう。大通りからすぐに広場に連なっており、後方にあった城中公園も周囲を取り巻いていた壁が撤去され、この広場と一体化することになった。
広場の正面中央には阿炳の像がある。錫恵公園の像とは違ってこちらは石に腰掛け二胡を弾く姿になっている。像の周りは水場で、噴水も出るようになっている。そしてその像の左側、広場正面から見れば右側に二泉映月の楽譜のレリーフが作られている。それも巨大な楽譜だ。
![]() 二泉映月広場の阿炳の像 |
![]() 巨大な二泉映月の楽譜 |
その巨大な楽譜が立てられている奥が阿炳故居のある区域だ。つまり阿炳故居に行くまでにまずは阿炳に会ったかのような雰囲気を味わおうというわけかもしれない。かつての、ということは同じような建物がこの辺にあったということだが、旧市街区の中にそこに住む住民とともに生活が営まれていたという雰囲気は全くなくなっている。
郊外から出てきたのだろうか男女4人組の若者が阿炳の像を珍しそうに見ている。彼らはどう見ても音楽を行なっているようには見えないのだがと思っていると、何と1人の男がすたっすたっと阿炳の像に上るではないか。そして他の3人に向かってポーズをとる。写真を撮ろうというのだ。
彼らにとっては賑っている場所での遊びの一つなのだろう。阿炳がどんな人間かは関係ない。どこの“観光地”でも見られるポーズつくり。結局広場を作るということはそういうことなのだ。
阿炳はことのほか街での市民との出会いを楽しんでいた。朝近所のおっちゃんやおばちゃんから聴いた市政のニュースやうわさなどを元に、昼過ぎにはここ崇安寺付近の路上で二胡や琵琶の演奏で風刺の唱としてみんなに披露していた。そんな彼にとって相手が音楽に興味があるかないかは関係なく仲間であったはず。ならば像の上に上ろうがなんとも思わないだろう。


