余りにも開放された空間となったため、かつては定年退職した老人達がそこかしこに集まり、無駄話に時間をつぶすとかあるいは京劇の一節を披露したり楽器を弾いたりと、思い思いの集団を作って楽しむといった行為ができなくなったようだ。
阿炳もこの城中公園にはよく出入りしていた。何より阿炳の語るのは庶民の生活に根ざした目線による社会批評であったから、彼らと交わる場所は何より大切にしたはずだ。
![]() 阿炳故居 |
![]() 記念館も工事中 |
とはいうものの都市の再生は住民の意識も変えてしまう。語るべき空間がなくなれば残るのは頭上を流れていく商品の購買を呼びかけるショッピンクセンターの宣伝の声のみ。ここではもはや自らの楽器を持って語ることはできないのだろうか。
などと考えながらもとの二泉映月広場に戻ると、なんと工事現場のフェンスが開いているではないか。これ幸いと「どなたかいますか」と声を掛けながら入って行ったが誰もいない。工事を続ける音もしない。まあ仕方がないから久しぶりに阿炳故居を見る。阿炳故居以外の同じような建物はもう取り壊され、故居の壁を白く塗り替える作業の準備がしてある。
中は何にもなし。がらんとしている。その北側に新しい記念館も工事中であった。作業員の服だろうか洗濯物も干されていて早や作業は休みに入っていたようだ(行った日が中国の旧正月の1週間ほど前なのでその可能性はじゅうぶんある)。
いずれにしても故居の化粧変えまであと少し。現在の無錫市民にとって心身ともになじみのある場所になっていくのだろうかと考えてしまった広場だった。

